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kashida(樫田森)

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歩こう関東の自然と歴史
私がいつも歩いている関東の自然、歴史、本などを中心に日々のできごとをつづっていきたいと思いますのでヨロシク(関東以外の話題も少し混じっています) kashida's blog about nature and history of Japan
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晴海橋
豊洲地区から晴海ふ頭方面に橋を渡ると道路の横にこんな橋がかかっています。




DSC00590.jpg

これは東京都港湾局専用線の晴海橋で、1989年に廃止になってからもここに残っています。

廃線跡はレールが残っているところと残っていないところがありますが、この橋のようにちゃんと残っているところは非常に少なく、私は非常に燃えますw


この路線は国鉄の越中島駅と晴海ふ頭を結んでいたようですが、この橋以外は殆ど残っていないようです。

DSC00595.jpg

橋の先はこのようになっていてやや痕跡がありますが、もっと先へいくと盛土になっていてまったく痕跡もなくなります。

テーマ:廃墟系 - ジャンル:写真

下総国相馬郡役所跡と鎌倉街道
成田線の湖北駅と新木駅の間に県立湖北高校があります(現在は廃校)。

DSC00354 (1)

この場所に古代の下総国相馬郡の郡役所がありました。相馬郡は現在の柏市、我孫子市、取手市、守谷市などを含み、古代の東海道がこの付近を通っていました。そして街道上の宿駅である「於賦(おう)」駅がこの付近にあったといわれています。

DSC00352 (1)

これは復元図で、たくさんある建物は農民から徴収した米をおさめる倉庫だそうです。(奥に見えるのは手賀沼)

あと、こんなものも出土したそうです。

DSC00353.jpg

これは奈良時代の貨幣である和同開珎の銀銭で、建物の地鎮祭に使うために半分に割ったそうです。和同開珎はほとんどが銅で銀は珍しいそうです。

湖北高校の裏手に回るとこんな道があります。
DSC00356 (1)

これは中世の鎌倉街道(鎌倉と常総地方を結ぶ街道)だそうです。鎌倉時代の街道網は↓のようになっており、
DSC00489.jpg

湖北高校の裏を通っている道は下道と呼ばれ、ちょうど古代の東海道と同じルートを通っていたようです。

この付近は今は何もない田舎ですが、古代中世はメインルートだったのですね。

                                 我孫子市日秀

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

糸島半島


先日また福岡に行ってきました。写真は玄界灘に突き出した糸島半島です。糸島という地名は、弥生時代の2~3世紀ころにここにあった伊都国からきています。

伊都国は魏志倭人伝によると、邪馬台国の同盟国で、中国から倭国への使者は伊都国に滞在したということです。また、邪馬台国から一大率という官人が派遣され、全ての外交実務を伊都国で行っていたそうです。
邪馬台国以前も、この地域が伝統的に朝鮮・中国との交流の拠点だったそうで、当時の日本でもっとも進んだ地域だったと言えます。


伊都国がここにあったのは確実なのですが、一方邪馬台国の場所はいまだに確定していません(九州説と畿内説がある)。私の素人考えでは、畿内だと伊都国からの距離が遠すぎるように感じられます。


話は変わりますが、日本史の教科書を読むと、歴史は殆どの時代で連続しているのですが、弥生時代の初めと終わりで大きな断絶があるように感じられます。(つまり縄文時代と弥生時代の間と邪馬台国とヤマト王権の間)
ここが解明されないと日本人とはなんなのかわからないと思われます。

このテーマは多くの人を惹きつけてきましたが(和辻哲郎、松本清張などなど)、私もはまりそうで、うちの近くの古墳などを巡り歩いています。


                                  福岡県糸島市


テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

永代橋と清洲橋


日本橋と深川(江東区)を結ぶ永代橋です。先代の永代橋が関東大震災で焼けてしまったため、震災復興事業の第一号として現在の橋が架橋されたそうです。

当時はここより下流の隅田川には橋がなく、永代橋は「帝都の門」として写真のような雄大な輪郭の形式(タイドアーチ式)で設計されたそうです。

永代橋より上流に1kmほど行くと清洲橋があります。

P3300140.jpg


清洲橋は永代橋と対照的な優美な下垂曲線を描くつり橋で「震災復興の華」と呼ばれたそうです。当時の設計者は男性的な永代橋の上流に女性的なデザインの清洲橋を配置することで帝都の入り口を演出したのです。

P3300144.jpg

私は東京の橋では清洲橋が一番美しいと思います。


                                  江東区佐賀

                                

テーマ:■東京を撮る■ - ジャンル:写真

日本一の野馬土手
常磐線の南柏駅の北方に土手のようなものが南北に連続しています。(矢印)

P3280115.png


そこに行って見るとP3220104.jpg

高さ2m以上ある土手が連続していました。ここはいわゆる洪積台地(昔の海)なので、こういう地形が自然にできるとは考えられません。あたりを見回すとこんな看板が↓P3220103.jpg

要は江戸時代以前からあった牧(軍馬を育てる牧場)のへりにあった土手だそうです。
土手を乗り越えて中に入ってみるとP3220106.jpg

二重になっていました。どうもこの光景に既視感があり、ずっと考えていたところ、子供のころ家の近くにこんな土手があったことを思い出しました。そこでこの牧について調べてみるとこれは小金牧といい、下総台地上の広大な範囲に広がっていたことがわかりました。↓

小金牧地図

私の家は豊四季駅の東方にあり、上の地図上の上野牧の東のへりの付近だったことがわかりました。南柏の土手は上野牧の西のへりになります。(土手が柏市と流山市の境界になっています)

それにしても小金牧の広大さには唖然とします。南は八千代市まで達しています。いかに昔は何もなかったかがわかります。確かに柏も私が小さいころは本当に田舎で、うちの近くも森ばかりで、舗装道路もわずかしかありませんでした。現在の状況が夢のようです。


                             流山市松ヶ丘
                 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

石油?が滲みだしていました


下仁田町の山中の斜面を登っていくと↑のようなものがありました。よく見ると

IMGP1433.jpg

とても人が入ってくるようなところではないので、直感的にこれは石油ではないかと思いました。


帰って調べてみるとこんな↓地質図が発行されていました。(日本油田・ガス田図「本宿」)

IMG_0088.jpg

1969年に地質調査所で出したもので、やはり調査されていました。中を見てみると、こんな凡例があり、

IMG_0091.jpg

図面に石油の湧出箇所が示されていました。

IMG_0089.jpg

私が石油らしきものを見た場所も同じような地質で、恐らく石油かと思われます。
まるでジェームスディーンになったような気持ちですがw、あんなしょぼい染み出しではとても使えるはずもなく、探査も中断されたのでしょう。


それにしてもあの辺の地質は第三紀の中新世という時代に海底に堆積したもので、あの石油は500万年以上かけてできたものということになります。

我々はそんな長期間かけて出来たものを一瞬のうちに湯水のように使っているわけです。やはりタダで済むわけはないように思われます。


                                     下仁田町

テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

妙義山


まことにまことにご無沙汰しておりますw。横須賀に行って以来立て続けにいろいろな現場の仕事が入り更新できなくて申し訳ありません。

先日までは群馬県の鏑川流域の調査に行っていました。いろいろ面白いものを見ることができましたが、それは年が明けてからUPしていきたいと思います。

                                    妙義町菅原(群馬)

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

三浦半島の渓流


先日まで三浦半島の渓流の調査に行っていました。三浦半島はいわゆる照葉樹林帯にあたり、写真で見るようにシダ類やコケ類が繁茂して、場所によってはアオキなどの潅木がブッシュになっていて前に進むことも困難になりました。

私は全国の渓流を歩いていますがこれほど沢に人が入っていないところは珍しく、住宅地の横にジャングルがあるような感じです。


昔は里山を利用する人や、子供たちが遊びに入ったりしたと思いますが、人間と自然の分断を感じて複雑な心境です。


                                        横須賀市阿部倉

テーマ:博物学・自然・生き物 - ジャンル:学問・文化・芸術

カモシカに遭いました


先日まで、旧天竜市の山奥に行っていました。私の車は一見なんの変哲もないワゴン車ですが、強力な4WDで、どんな悪路でも平気で登っていきます。写真の道も集落から何百mも上の最近車の通った形跡のない林道でした。

車を降りて一人で歩いていると↓



カモシカが道の上の斜面からじっとこちらを見ていました。じつはこの直前にはニホンジカが目の前の岩陰から飛び出して逃げていったのですが、逃げ足が速く写真に撮れませんでした。それに比べカモシカは人がいても逃げません。

カモシカに遭うのはよくあるのですが、もっと標高の高いところが多く、こんなところで見るとは意外でした。


                                       浜松市天竜区熊

テーマ:動物の写真 - ジャンル:写真

活断層の実相


六甲地域を歩いていると至るところで活断層を見ることが出来ます。この写真は有馬温泉の西方で撮影したもので、岩盤が激しく破砕されています。これは有馬-高槻構造線の西部にあたりますが、この辺まで来ると山全体が礫と粘土の集合体のようになってしまっていて、破砕帯というより、破砕塊とか破砕山とかいった方がよいという感じです。関東などではこんなひどい破砕帯は見たことがありません。

IMG_0113.jpg

これは新幹線の新神戸駅の裏の沢に見られる断層です。地形から活断層だと思います(沢の異常屈曲が見られる)。新神戸駅の真下を通っている諏訪山断層の派生断層と思われます。こちらは断層の両側は硬い岩盤です。


全体像をみるとこうなります↓
IMG_0051_20120807164353.jpg   (松田時彦著「活断層」岩波書店より)
神戸-名古屋-敦賀の三角形内部に活断層が集中しているのがわかります(近畿トライアングルと呼ばれる)。これは太平洋プレートの沈み込みによる東西圧縮のひずみが六甲や比良山地(琵琶湖西方)で開放されて、地震が起き、山地が隆起するためと思われます。このため中国地方まで圧縮が届かず、活断層が少なくなっています。

ここで注目していただきたいのはやはり敦賀近辺です。敦賀近辺では六甲以上に活断層が集中しています。(吐き気を覚えるほどです)ここも六甲と同じ状況で、東西圧縮の力が解放される場所になっています。私はなぜこんなところに原発を建てたのか理解できません(敦賀、美浜、もんじゅ)。

テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース

六甲からみた神戸市街


またまた大変ごぶさたしております。今度は先日まで神戸に出張でした。仕事は渓流の調査です。写真は神戸の西部、長田区あたりです。なんていうことはない写真に見えますが、ここまで来るのに斜面をよじ登り、悪戦苦闘しました。おまけにアシナガバチに刺されましたw。

それはさておき、この山と向こうに見える市街地と間には活断層があり、もともと平坦だった場所が活断層を境に急速に山側が隆起し、海側が沈降して、大阪湾と六甲山地が出来たのです。兵庫県南部地震はその活動の続きだったわけです。

東日本大震災を契機に、活断層は非常に重要な意味を持ち始めており、私も関心を寄せておりましたが、ちょうど六甲の仕事が入ってラッキーでした。六甲は活断層の観察には絶好のフィールドなので、いろいろ見ることができました。また記事にしていきたいと思います。

                                 神戸市長田区高取山(兵庫)

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

日本最古の水田


ごぶさたしております。先日まで一月近く福岡の糸島市というところに行っていました。糸島と言う地名は、魏志倭人伝に出てくる伊都国から来ており、日本史上非常に重要なところです。大陸に近く、畿内にヤマト政権が出来るまでは、日本の最先端を行く地域でした。

また、それ以前の縄文時代末期には日本で最も早く水田稲作の始まったところでもあります。(写真の中央部付近にその遺跡があります)


それにしてもこのブログ名の「関東の」というのは現状にそぐわなくなってきましたねえ。


                                    糸島市石崎

テーマ:歴史雑学 - ジャンル:学問・文化・芸術

キンラン


昨日うちの近くの森を散策していたら、こんな花を見かけました。これはキンランという花らしく、乱獲によっていまや絶滅寸前なのだそうです。

キンランは菌根菌という菌類と共生しているそうで、さらにその菌根菌は特定の樹木がないと生存できないそうです。なので、キンランを栽培することはほとんど不可能だそうです。

ですからキンランをみかけても獲らないでそのままにしておきましょう。キンランの生育できるような豊かな生態系をつくるような開発がこれからは望まれるのではないでしょうか。

                                                        流山市内(千葉)

テーマ:花の写真 - ジャンル:写真

ジュウニヒトエ
最近はしばらく現場に行く仕事がなく(要は暇)、近くの手賀沼周辺を散策したりしています。
沼は台地に囲まれていて、↓のような斜面林が見られます。



林を覗いてみるとこんな花が↓
IMGP0741.jpg

これはジュウニヒトエといって、雑木林の林床にみられる花ですが、この辺では最近は珍しくなってしまいました。



IMGP0743.jpg

これはタチツボスミレで、こちらはまだよく見られます。




沼の方に来るとハクチョウの群れが。


IMGP0719.jpg

最近、手賀沼には夏でもハクチョウがたくさんいます。オオハクチョウは夏季はシベリアに渡ると思っていたので不思議でしたが、これはコブハクチョウと言って外来種のようです。

                                                             柏市


テーマ:花の写真 - ジャンル:写真

国府津ー松田断層


写真は小田原厚木道路の上り線です。手前が小田原平野、向こうの丘が大磯丘陵です。私はここを走るときどうしてもスピードを落としてしまいます。新幹線でここを通過するときは思わず足を踏ん張ってしまいます。

なぜかといいますと、大磯丘陵と小田原平野の境界には国府津ー松田断層という第一級の活断層が走っているからです。

国府津ー松田断層が最後に活動したのは約3000年前(縄文時代)、活動する間隔も約3000年と考えられており、いつ動いてもおかしくない要注意断層です。動くときは上下に10m以上ずれると思われます。

房総沖とか東海南海地震が騒がれていますが、311大震災後活断層の動きも活発化しており、活断層型地震も要注意です。

関東地方の主な活断層は↓のとおりです。
IMGP0619.jpg   藤岡換太郎ほか著 「伊豆・小笠原弧の衝突」 より

見にくくて申し訳ありませんが、国府津ー松田断層のほか、富士川河口断層、三浦半島を横切る武山断層、南下浦断層の活動時期が迫っています。


                                                  小田原市別堀




追伸
最新の調査では、富士川河口断層帯は単独でM8の地震を起こす可能性がありそうです。
M8程度の地震を起こす確率は、30年以内で最大18%だそうです。

富士川河口断層帯、単独でもM8…静岡大調査





テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース

浅間山


2月に、群馬の現場に行った帰りに軽井沢に行ってきました。写真は群馬県境(碓氷峠付近)から浅間山方面を撮ったもので左手の小山は離山という溶岩ドームです。

浅間山はおよそ10万年くらい前に活動を開始し、離山は2万年前にできました。軽井沢の町は写真で離山の手前にあり、浅間山の火山活動の領域内にあります。

浅間山の大噴火は最近は400~500年おきに起きていて、最後の天明の大噴火(1783)では大火砕流が北側の鎌原集落を全滅させました。そして、その後泥流が吾妻川を流れ下って利根川に入り、太平洋に達しました。また、火山灰が降り積もって農業に大打撃を与え、飢饉を悪化させました。


IMGP0468.jpg

これは高崎市内から見た、浅間山です。煙が少し見えます。

最近は地震の危険が騒がれていますが、火山も日本中にあって、阿蘇山の噴火一発で九州が全滅したこともあり、要注意です。


                                             軽井沢町釜の沢  高崎市上並榎町






テーマ:自然の写真 - ジャンル:写真

雪の神流湖


この間まで群馬県の鬼石というところに地すべりの調査に行ってきました。

神流湖は神流川をせきとめたダム湖で、その両岸に地すべり地が連続します。その原因は、山が結晶片岩という岩石でできているためで、この岩石は風化すると粘土になりやすいのです。

結晶片岩は中央構造線に沿って帯状に日本を縦断し、四国九州まで連続していて大体地すべり地帯になっています。この帯は三波川帯と呼ばれており、この名前は神流川の山向こうの谷の三波川からとっています。

調査の最後に雪が降ってしまいました。積雪するともう調査できないのですが、面白いことに地すべりの形がくっきり馬蹄形に浮き上がりました(写真中央左)。



テーマ:雪のある風景 - ジャンル:写真

東海道線から見た相模湾
DSCF3241.jpg

現在、湯河原に仕事で行っています。写真は根府川~真鶴間の車窓です。

この辺は、3つのプレートが接している上、陸同士がぶつかっているという世界的にも珍しいところです(珍しいというよりもはや大変なところといえるかも)。

前方は真鶴半島で(この半島上には古い火口がいくつもあるそうです)、その左側の海底は大きな崖になっていて、「西相模湾断裂」といわれています。この断層は約70年毎に起きる小田原地震の原因となっていると考えられています。

3.11の大震災以来、日本列島にかかる力の状態が一変したと言われています。私は熱海に泊まっていたのですが、微小な揺れを何度も感じました。調べてみると、震災以来伊豆半島北部にかかる力が大きくなっていて、地震がおきやすくなっているとのことです。この辺のことも追求していこうと(間に合うといいのですが)思います。


テーマ:博物学・自然・生き物 - ジャンル:学問・文化・芸術

奈川村からみた乗鞍岳


近況ご報告します。最近は梓川流域(上高地、乗鞍、奈川、島々など)の調査に行っています。

写真は奈川村から見た乗鞍岳です。乗鞍岳は北アルプスから御岳にかけて並ぶ乗鞍火山列の中央にある大規模な成層火山で、100万年前から活動を開始し、最後にマグマを噴出したのは今から2000年くらい前と言われています。ただ、現在でも噴気を出しているところがあり、活火山に分類されています。標高は3000mを超えます。

撮影したのは10月20日ころで、カラマツが色づき始めていますが、今は真黄色になっていると思われます。
上高地も紅葉はもう終わって葉も落ちていました。確か今日(11月15日)閉鎖されると思います。

また明日からこの現場に行きます。

                                                   奈川村ミヤ沢


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台風災害の爪痕 天竜
先日まで旧天竜市内に出張でした。

台風の直撃直後で、土石流が各所で発生、道路が寸断されました。

DSCF2607.jpg
IMG_0051.jpg

また、この地区は林業が盛んで、立派な杉の大木が多いのですが、これが軒並み倒れて道路に飛び出し、通行止めとなり、各所で電柱をなぎ倒して停電になりました。




IMG_0184.jpg


天竜地区の植林は、日本でも有数の美林なのですが、何十年もかけて育てた木がこんなことになって林業家はさぞかし無念だろうと思います。

この地区の地質は、紀伊半島と同じで、フィリピン海プレート沈み込みにともなって形成された岩盤で、プレート運動が現在も続いているため、隆起速度が日本で最も大きく、岩盤は非常にもろくなっています。
(東海地震もこの運動によって起こる)

ただ、別の言い方をすれば、これは通常の地形形成のプロセスであり、歴史上も何度も起こったことだと思います。
遠からず復旧すると思います。

DSCF2567.jpg

天竜地区では、この写真のように山腹に人家が点々と散在しています。古文書によれば、平安鎌倉時代のころに山伝いに人々がやってきて定着したようです。実はこういうところは古い地すべり地なのですが、今回はあまり被害を受けていません。昔の人はそういうこともわかっていたのかもしれません。







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